いつ来るかもわからない「未来」のために「いま」を犠牲にすることが私には耐えられなかった。

アチーブメント(株)を退職して2年が経ちました。
田舎フリーランス養成講座を運営するようになり、受講生や受講に興味を持ってくださる方々から、退職の理由をしょっちゅう聞かれる(もしくは、聞いちゃいけないことなのかな…みたいな空気を出されるw)ので、この際もういちど整理してみます。

 

「就職は恋愛じゃなくて、結婚」だなんて、採用担当としてまことしやかに語っていましたが、実際に結婚したいま、ようやくそのことが真に腑に落ちた感じがしています。

あの「結婚」が結局終わってしまったのは、深い価値観の部分できっと、分かり合えなかった部分があったからだと思います。その最たる部分がタイトルの通り、
いつ来るかもわからない「未来」のために「いま」を犠牲にすることが私には耐えられなかった という理由かなと。今日はそのことについて詳しく書いてみます。

 

メキシコの漁師とMBA旅行者

ネット上では3年以上前から有名なこの話。

 

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メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。

その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、

「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

すると漁師は

「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が

「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、

「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」


すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。


「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」

どうですか皆さん。
私はですね、これを読んで会社を辞めました。問題の文章です。笑

 

もしも「あした死ぬかもよ」と言われても、後悔はないか 

 

もしも自分に残された生命が半年だったとしたら、自分は残されたこの生命を、一体何に使うだろう。いやむしろ、もはや「あした死ぬ」としたら?

 

 

大学生のころ、ある人(Mさん)にこんな質問をされました。

 

Mさん:もし余命1日だとしたら、何する?

 

ならみお:えっと。今までお世話になった人に向けて手紙書いて、会いたい人に会いに行って、お礼伝えますかね(あと見られてはいけないものの処分…

 

Mさん:そうか。ええなぁ、会いたい人がたくさんおって。じゃあ聞くけど。
俺にも、あんたにも、どんな人にも、1秒後生きている、っていう100%の保証はないねんで。なのになんであんたは今、それをせんでここにおるの。

 

***

 

極端かもしれないけれども、わたしは
「いつ死んだとしても悔いのない状態」で日々を生きたい。

 

それが唯一、いまも昔からも変わらず、もっとも望んでいることかもしれないです。

「未練はあっても、後悔はない」状態とでもいいますか。

いつかこの世からいなくなるときに、あとぐされなく旅立てるように。
自分に嘘をつかない。大切な人を大切にする。無理をしない。

そう自分自身に対して誓いを立てたとき、
たまたまFacebookでシェアされていたとある記事が目にとまりました。
それがこの人との出会いです。

 

 

たとえどんなに仕事が順調だったとしても。誰かに「必要とされること」が快感になって、知らず知らずのうちに小さな我慢を重ねてしまっていることってあるみたい。
「いつか」のために「いま」我慢することって、私にはあんまり合わないな〜。
この感覚、ともすると忘れがちになってしまうけれど、勇気出して自分の本当の気持ちにちゃんと向き合うことも、おろそかにしないで過ごしたい。それが結局、自分や大切な人たちに対する誠意にもなると思うから。

 

 

今日も良い日に。

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